大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)904号 判決

上告人

佐藤友次郎

右訴訟代理人

一井淳治

光成卓明

被上告人

安井千代治

被上告人

石原産業株式会社

右代表者

石原勝夫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人一井淳治、同光成卓明の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点及び第三点について

判旨原判決は、(1) 被上告人安井は、上告人所有の本件従前地の全部について普通建物の所有を目的とし期間の定めのない賃借権を有している、(2) 本件従前地について昭和三七年一一月九日本件仮換地が指定され、本件従前地にあつた被上告人安井所有の旧建物は、本件区画整理事業の施行者により取り毀され、本件仮換地上に本件建物が移築された、(3) 被上告人安井は施行者に対し土地区画整理法八五条一項の規定により賃借権の申告をしたが、施行者は同被上告人の賃借権の存在を認めた本件一審判決が未だ確定していない等の理由で、右申告の受理を留保している、(4) 本件区画整理事業が終局を迎え、仮換地の指定どおり換地処分がされるまでそれ程日時を要するものではない、(5) 被上告人安井は、仮換地の指定後も従前どおり上告人に賃料を支払つており、昭和四五年以降は上告人が受領を拒絶したため賃料の弁済供託を続けている、(6) 被上告人安井夫婦は老齢で病弱なため経済的に困窮し、本件建物の賃料等により辛うじて生計を維持している、以上の事実を認定しているところ、右認定は原判決挙示の証拠関係に照らし首肯するに足り、また、記録によると、原判決には当事者の主張しない事実を認定した違法は認められない。右認定の事実関係のもとにおいては、上告人が本件仮換地の使用収益権に基づいて被上告人安井に対し本件建物の収去及び本件仮換地の明渡を請求するのは、権利の濫用として許されないものといわなければならない。これと同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第四点について

原判決の適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人の被上告人石原産業に対する請求を排斥した原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

同第五点について

原判決は、その判文に照らすと、上告人の賃料相当損害金等の請求をも権利の濫用であるとして排斥したものと解されるところ、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、原判決の右の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないでこれを論難するものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(栗本一夫 木下忠良 鹽野宜慶 宮﨑梧一 大橋進)

上告代理人一井淳治、同光成卓明の上告理由

第一点〈省略〉

第二点 原判決は、民法第一条第三項の解釈を著しく誤りかつ理由不備の違法がある。

一、一般に、所有権に基づく妨害排除請求権が権利の濫用になるか否かを判断するには、事案に関連する諸般の事情を綜合認定し比較考量すべきことは当然であるが、考慮せねばならぬ諸事情として、次のとおりに整理されているのが一般的である。

(イ) 被侵害利益の法的尊重の度合

(ロ) 侵害行為の悪性の度合

(ハ) 被侵害者の悪性の度合

(ニ) 侵害の排除をもし許したならばこれによつて侵害者が受けるべき不利益ないし犠牲の程度

(ホ) 侵害の排除をもし許さなかつたならば、これによつて被侵害者が受けるべき不利益の程度

の各指標につき事実関係を詳細に確定することを要するとされる。(末川先生古稀記念権利の濫用(中)二五頁参照)

わが国において権利濫用の法理を確立したいいわゆる宇奈月温泉事件判決(大審院民事判例集第一四巻二二号一九六五頁以下)は前記(イ)〜(ホ)の各指標に従つて詳細に事実を認定したうえ、権利濫用の成否について判断したものであり、以後右指標は数多の判例により権利濫用の成否にあたつての判断の指標として採用され、確立した判例法理となつているものである(参照、東京地判昭和三五年五月六日判例時報二二九号三五頁、最判昭和二八年九月一八日、ジュリスト四六号五五頁)。

右基準は、本件の如き仮換地の使用収益権にもとづく妨害排除請求の場合にもそのまま適用されるべきものであつて、侵害の排除を許したならばこれによつて侵害者が受けるべき不利益と、侵害の排除を許さなかつたならばこれによつて被侵害者が受けるべき不利益とを単純に比較して権利濫用の有無を判断することは、権利濫用論の濫用であつて許されない。

二、しかるに原判決は、

(一) 上告人が、原審において(主に昭和五四年八月二一日付準備書面をもつて)、

前記指標(イ)につき、本件土地は栄町商店街の入口にあり、岡山市内の商店街の中心が岡山駅方面に移行しつつある現状の中で、栄町商店街全体として、本件土地を有効利用する必要が存する旨、

同(ロ)につき、被上告人安井は、本件土地に課せられる税金の半額程度の金額を支払つて、本件土地を自ら使用収益しはじめた昭和二三年ころから三〇年以上にわたつて本件土地、仮換地を使用している(ちなみに、借地法の規定によつても期限の切れる期間であり、上告人は昭和四九年以降本訴を以つて明渡を請求しているのであるから、右の点は権利濫用成否の判断にあたつて大いに重視せらるべき点である)。また、被上告人安井は、近所に居住する上告人や市当局との問題解決のための交渉の努力を全く怠り、第一審及び原審で上告人が裁判所の和解勧告に応じて、相当の犠牲をしのんで大巾に譲歩した和解案を提示し、被上告人の立場を尊重する解決の努力をしたにもかかわらず、頑なにこれを拒み続け、紛争解決の努力を全く示さなかつた。また、被上告人安井は自己が本件土地を使用するに至つた時点から、上告人に対し楠田の代理の如く装つていた旨、

同(ハ)につき、上告人は、被上告人安井が金員を持参するようになつた後も、本件土地は引続き楠田が使用収益しているもので、被上告人安井は楠田の代理人として金員を持参しているものと信じており、また、上告人が右のように信じたのは被上告人安井が前記仮装をしていたためで上告人に過失はない旨、

同(ニ)につき、上告人は岡山市栄町で古くから女性衣料品店を経営するものであるが、零細企業であり、大量販売店の進出、県外大資本による新規開店、岡山市内の商店街の中心が岡山駅前方面に移行しつつあり栄町商店街が低落傾向にあることなどから経営状態が悪化しているため、栄町商店街の入口にある本件土地を経営強化のため有効に利用すべき強度の必要が存する旨、を主張したにもかかわらず、右主張を事実摘示中にも記載せず、判決理由中にも右主張に対する判断を全く示さず、

(二) 挙示証拠によつて、ただ単に、

前記(ロ)につき、被上告人安井は現在岡山市長に対し賃借権申告を提出しているが受理を留保せられていること、

同(ニ)につき、「上告人はいずれ換地処分があれば被上告人安井が本件従前地に対し有していた賃借権を以て対抗されざるをえない立場にあり、しかもその換地処分までそれ程日時を要するものとは思われない」こと、

同(ホ)について、「本件建物は被上告人安井一家の生活を支えるのに欠くことのできないものである」こと

等の限られたせまい事実のみを認定し、上告人の権利行使は権利の濫用にあたると判断している。

三、原判決においては、前記宇奈月温泉事件判決で大いに論じられている(イ)被侵害利益の法的尊重の度合、(ハ)被侵害者の悪性の度合に対する配慮が全く払われておらないばかりか、右諸点を含む権利濫用成否の判断指標に関する上告人の主張を全く無視して判断を下している。(しかも、後に第三点において詳論するとおり、原判決は前記事実認定にあたつても、経験則違背等の法令違背をおかしている。)

原判決は民法第一条第三項の解釈を著しく誤つたものであり、右法令違背が判決に影響を与えることは明らかである。

四、(一) そして、原判決の事実の、控訴人及び引受参加人の再々抗弁の主張をみると、1ないし4の事実が記載されているが、これらは、被上告人が従前地について賃借権を有していない場合に対する仮定主張である(借地権届のないため仮換地の使用収益権なき場合ではなく、賃借権なき場合の賃借権存否にからめた仮定主張である)。

ところが、原判決は、理由の第四項において権利濫用に関して認定、判断をしているが、これは(賃借権が存するが)仮換地使用収益権のない場合に関する認定判断であり、当事者の主張なきことを認定判断したこととなつている。

(二) その上に、原判決が、理由第四項で、権利濫用だと結論を下した理由の中で最も中心となつた事実関係に関しては、原判決の事実の項では一切ふれられていない。理由第四項の1、2に記載のところが、権利濫用とされた最大の理由であるが、事実中にはあらわれていない。

(三) このように、原判決は、事実において当事者が主張したとされていない事項により権利濫用と判断したもので、理由の不備、齟齬の違法が存するから、原判決を破棄せられたい。

第三点 原判決は権利濫用成否の判断の前提となる事実認定、法律判断および権利濫用の成否の判断において、判決に影響を与えること明らかな審理不尽、経験則違背、法令解釈の誤りの違法をおかしている。

一、原判決は、理由第四項において、権利濫用について判断しているが、具体的にはその1ないし4に記載の事項について個別に判断している。

だが、それらの事項は、下記のとおり、いずれも、経験則違背、法令違反といわざるをえない。

(一)1 原判決は、理由第四項1において、「控訴人は本件従前地全部について賃借権を有しているのであるから、本件区画整理事業が終局を迎え、本件従前地について土地区画整理法による換地処分がなされた場合、本件従前地に存した控訴人の賃借権は、たとえ未申告であつても、本件従前地と法律上同視される換地上にそのまま移行して存続すると解すべき」と判断し、その根拠として最高裁判所昭和五二年一月二〇日判決を掲げている。

2 しかしながら、本件において、賃借人とされる被上告人とは、正式な契約が締結された訳ではなく、被上告人が一方的に決定して持参した金員を受領したことを理由に、暗黙の承諾があつたとされるにすぎぬ関係であり、しかも、提供された一万円が十数年来土地の税金の額の半額程度であり、現在では半額を著しく割るような状態で、最近では供託もせられなかつた関係なのである。そして、原判決は、賃貸借成立の具体的年月日を明示しないが、期間の定めなき契約としており、仮に一番古い時期から計算すれば借地法所定の三〇年の期限が満了し(訴訟係属により異議が述べられている)、借地権が消滅するような関係である。原判決のいう昭和三〇年からでも、今や二五年を経過しており、このようなあいまいもことした実態の関係を、そのまま本換地上に移行せしめるわけにはゆかない。

3 本件は、賃借権の存在自体きわめてあいまいなものであつて、原判決の示す最高裁判所例とは事案を全く異にしており、原判決の示すごとく当然に換地上に賃借権が存続するものとはとうてい解せられない。

原判決は、土地区画整理法の解釈を誤つている。

(二)1 次に、原判決は右につづいて、「換地処分までそれ程日時を要するものとは思われない」旨認定し、権利濫用の成立を肯定すべき一要因として掲げている。

2 しかしながら、換地処分までどれ程の日時を要するかについては、当事者双方とも全く主張立証はしておらず、従つて原判決挙示の証拠中にも右認定に沿う証拠は全く存しないのである。

原判決が右の如き認定をなす根拠としているものは、当事者間に争いのないところの、昭和三七年一一月一九日に本件仮換地指定処分がなされたとの一事にすぎないのである。

しかし、仮換地指定処分後一七年を経過したから換地処分が近いというのは、原審の全くの当て推量にすぎず、本件全証拠中推認を補強すべき何の証拠もない。かえつて、換地処分が著しく遅延してきており、処分までにさらに長期間を要する、という認定する可能である。

3 右の点については、当事者双方ともが全く争点と考えず、何らの主張立証もしていなかつたところ、原審は右の点につき何らの釈明も行なわないまま、当事者間に争いのない事実のみから純然たる当て推量を敢てして、権利濫用の成立を肯定すべき一材料にしているのである。

4 原判決の右の点の判断には、権利濫用の成否の判断に影響を与えるべき著しい審理不尽、事実認定上の経験法則違背が存する。

5 なお、前後するが、本件が日時を経過しているとすれば、原審で和解勧告があり、大変な長時間を要したからである。第九回期日(昭和五一年九月二四日)から第二〇回期日(昭和五三年六月五日)まで、裁判所において和解案を提示し判決を拒まれて被上告人の説得に長期間を要したからであり、これの故に、上告人に不利な取扱いをされると、上告人としては、心残りとならざるをえない。

(三)1 原判決は、理由第四項2において、「控訴人は施行者より賃借権の申告をするようにという指導を受けなかつたため、土地区画整理法に従つた賃借権の申告をしなかつた」ことを認定しているが、経験則上この事実認定は真実とは言いえないし、又事実自体、権利濫用論においてはまつたく無価値である。

2 区画整理、都市計画においては、施行者が、関係者の協力を求めるために、計画の各段階において周知宣伝をするもので、被上告人が借地権の届を知らなかつたということは想像もできないことであり、仮に知らなかつたのならば、よほど、どうかしていたのであろう(なお、施行者が、いちいち届出を指導などする義務のないことは明らかである)。

3 そして、借地権届は、借地人と地主とが連署して提出するもので、地主が承諾しないから、すなわち、被上告人は上告人の了承をえられなかつたから、借地権届が提出できなかつたのである(なお、地主の承諾がえられない場合は、他の疏明方法を添付することでかえることができるが、それもできなかつたのである)。

借地権申告をしなかつた理由を、施行者の指導を受けなかつたためだという認定は、非常識といおうか、何をかいわんや、という外ない。

4 借地権届が提出されると、その借地権者に対して、施行者が借地権の対象となる土地を指定しなければならないから、関係者に重大な利害を及ぼすため、借地権届には厳密な条件が課されており、何でも出せばよいものではない。

そこで、借地権届が出されていないということは、借地権の存在があやふやだからと見られるのが通例である。したがつて、借地権届の提出のないということは、権利濫用論においては、計画の当初から施行者も借地権を認めないような、あやふやな権利であることを自ら示すのみで、被上告人に有利な意味はまつたくない。

(四)1 右につづいて、原判決は、上告人が、昭和五四年一月八日借地権申告をなしたが受理を拒まれて取下げたこと、同年一一月二一日再度申告書を提出したが受理されなかつたことを認定して、権利濫用の一要件としている。

2 だが、右は、経験則に反すると共に、まつたく無意味という外ない。

すなわち、市の施行する都市計画において、借地権申告の受理については、規則および全国的に確立された基準要件があり、借地人と地主の連署によるか、又は地主の連署にかわる必要な疏明方法を添付することを必要とされている。

本件の被上告人は、右の受理される要件にかなう立証をなしえないから、何度提出しても無駄である。それは、提出前からわかりきつたことである。

したがつて、借地権申告を提出したということ自体には、何の意味もない。ドンキホーテの如く突撃したことに価値なきこと明らかである。

3 問題は、「市が賃借権の存在を認めることは行政権の行使として行過ぎ」という理由で拒んだか否かであるが、それは、被上告人代理人の作成した乙第二一号証に一方的に書かれているだけであつて、施行者は、前記の基準に合致しさえすれば、当然受理するはずであつて、行政権として行き過ぎになるという理由で拒んだものとは、到底考えられず、経験則に反する認定といわざるをえない。

又、第一審判決は、被上告人が敗訴した判決であり、これの確定証明を提出したからといつて、現在の実務上、施行者が果たして受理するか、きわめて疑問である。賃借権は認定されながら、借地権届のないことを理由に、仮換地の使用収益権なしとして敗訴した多くの事例があるが、このような事例の敗訴判決(確定)を添付して、借地権届が受理されたという例を、これまでにきいたことがなく、受理されないのではなかろうか。

4 以上のとおり、原判決の認定は、経験則に反する認定か、あるいは権利濫用か否かに関係なき事実をもつて、上告人の権利濫用を裏づけようとしている。

(五)1 原判決は、理由第四項3において、被上告人とその妻が高齢病弱であり、その娘も両親の世話などで働くことができず、たこ焼屋も閉鎖し、一家は、現在は生活保護による扶助金一カ月六万四、〇〇〇円と別紙目録三記載の建物部分を賃借している被上告人石原産業からの賃料一カ月三万五、〇〇〇円により辛うじて生計を維持していること、を認定し、右認定事実より、本件建物は被上告人一家の生活を支えるのに欠くことのできないものと認定している。

2 しかし、右認定に徴しても、被上告人は本件建物で営んでいたたこ焼屋を閉鎖しており、本件建物から受けている利益は、被上告人石原産業に賃貸して得ている一カ月三万五、〇〇〇円の家賃収入のみなのである。

そして、原判決は、もし被上告人らに土地明渡を命じた場合、被上告人一家の収入が実際にどれだけ減少するのか(生活保護法による給付は、賃料収入が減少すれば、それに従つて給付が増額される)、実害が被上告人一家の生活に果たして具体的に発生するのか、全く審究しないまま、漫然と、「本件建物は控訴人一家の生活を支えるのに欠くことのできないもの」と認定しているのである。

3 原判決は、本件建物収去土地明渡の結果被上告人の生活に及ぼす経済的不利益が大であることを、権利濫用の成否の判断に当つてきわめて重視しているが、右のとおり、果して実害が存するのかも明らかではない。

右のとおり、原判決の認定は、経験則に反するといわざるをえない。

(六) 以上のとおり、原判決が権利濫用だとする理由として認定した事実関係は、経験則に反して認定されており、又権利濫用だとするのは、法令に違反してなされた判断といわざるをえない。

二、(一) 上告理由第三点において述べているとおり、原判決は、権利濫用に当るか否かを判断する場合に検討されねばならぬ要件の、全部の検討をしないで、そのごく一部の検討に終つている。

原判決は、事実の、控訴人、引受参加人の主張の部分の再々抗弁の項目に、1ないし4の被上告人側の主張事実のみを掲げ、被控訴人の主張の部分では、被上告人の再々抗弁の主張に対する認否のみ掲げ、上告人側の積極的な事実主張を掲げていない。これは、上告人側から、諸事情の主張をすることを認めず、いいかえると全般的な諸事情を比較考量するという観点に立つていないもので、権利濫用論に関する法令の解釈を誤つているところである。

(二) ところで、原判決は認定を拒んでいるが、本件においては、次の諸事情があり、これらの事情は、上告人の第一、二審の本人尋問等や経験則から優に認められるところで、これらの事情を併せて考慮するならば、本件の上告人の請求は、権利濫用に当らない。

1 第一審判決も認めるとおり、上告人は本件土地を利用する必要がある。特に、上告人方は、女性衣料品の小売の零細企業であり、最近の県外大資本による大量販売店、大規模店の広範な進出により、又商店街の中心が最近駅前方面に移行してゆく傾向から、経営の先行きが暗い状態になつており、本件土地を使用収益したい強度の必要がある。生存競争に生き残るため、是非必要である。

被上告人の必要度に比較にならぬほど、上告人の必要度は高度である。

2 栄町商店街全体のためにも、商店街の入口に当る本件土地を、十分に生かして利用することが望ましい。

被上告人が空屋にして汚ごれた戸を閉めていたり、不動産仲介業者に使用させるような利用法は、街全体の美観、発展という観点からすれば、大変マイナスである。

3 被上告人は、本件土地に課される税金の半額にも及ばない程度のわずかな金額を供託したに過ぎず、しかも最近はこれを怠ることもある状態であるのに、岡山市で一番繁華な栄町商店街入口の高価な土地を占拠し、しかもこれが著しく長時間となり、上告人の被害は、算定しえないほど重大な結果となつている。

4 賃貸借の始期を昭和二〇年頃に求めるならば、借地法所定の三〇年の期間が経過し、訴訟継続により更新に異議を述べつづけている状態となつている。

被上告人は、上告人に不利益を受忍せしめながら、まことに長期間にわたり使用し、十分に利益をあげており、しかも正当事由とみなしうる諸事実も存するから、上告人に返還して然るべきである。

5 被上告人は、上告人の近所におりながら、本件の解決について、一切協力しない。まつたく誠意も、努力もしていない。自己の主張をあくまで貫ぬき、非常識といおうか、妥協しない。

第一審では、まことに長期間を要しているが、原告側は早期に立証を終り結審を期待していたが、一年九ケ月も和解勧告があり、上告人は被上告人側にまことに有利な裁判長和解案を受け入れ、耐え忍んで解決の努力をしたが、被上告人は解決の誠意がなかつた。

6 被上告人が自己の権利の安定を欲するならば、まず、上告人に対して借地権届に連署してほしいと申し出るべきである。

そして、被上告人は、第一審の昭和五三年一〇月一七日付準備書面三(一)において、被告が口頭による借地権申告をしていたと主張するが、このように、被上告人は、借地権申告の必要は知つていたはずである。少なくも、施行者は広報を行なうし、明渡要求の調停の申立や一万円を預り金とされ、立退を求められたことなどから、自己の権利確保の方法を研究するはずであるから、借地権申告の必要については、被上告人は知つていたはずである。

そこで、借地権届に、上告人が連署を拒めば、最終的には、いつでも、上告人を相手に、借地権確認の訴訟を提起して解決をはかれることもできるのであつて、このような対策を一切構じない被上告人には、重大な落度があるといわざるをえない。借地権届が今なお受理されず、不安定となつたとしても、被上告人が然るべき処置をとらない結果であり、甘受すべきものである。

三、以上のとおり、原判決は、経験則違背、審理不尽、法令の解釈の誤りがあるので、破棄されるべきである。〈以下、省略〉

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